山の自然学クラブ 事務局ブログ

事務局へ寄せられた、会の活動報告や、会員のみなさまのご活躍を発信します。絵日記担当:中村が更新しています。

2020年初_大蔵喜福理事長メッセージ

2019年会報・はじめに 世界中の氷河が無くなる!?

2020年初_大蔵喜福理事長メッセージ
山から始まる自然保護(当会年会報)19号 2020年5月発行 より

大蔵喜福理事長 巻頭言

世界中の氷河が無くなる!?

 地球は19世紀中頃までは比較的寒く安定した環境だった。産業革命後、化石燃料の排ガス放出で温暖化が始まり、今や温室効果ガス・二酸化炭素の世界平均濃度が(‘18年に)407.8 ppm に達し、産業革命当初の1.5倍となった。現在の外気温は、1850年から1900年までの50年平均を一気に1.1℃上回り、2011~2015年の5年間だけで0.2℃上回るとされている。昨年は1850年の記録開始以降最も暑く、北緯48度のパリでも夏、42.6℃を観測。地球全体の気温上昇は驚きの現況で、ここ数年来世界各地で、干ばつ、砂漠化、広大な山・森林火災、陸地の劣化、海水面上昇、凍土融解、氷山・氷塊の縮小、氷河後退・消滅・・・。わが国では台風発生率上昇、大水害、ゲリラ豪雨激甚災害が続き、昨年は箱根で1日に922.5 mmというとんでもない豪雨で、大被害をこうむった。温暖化が地球の大気運動の変化をも促していると言える。
 手をこまねいていると2050年までに最悪4.8℃上昇と推測される。たった数℃と思われるかもしれないが、年平均の地球外気温の変化は過去5000年間で4~7℃程度、氷期を除いてこれなら自然界の生物に大きな影響はでない。ところが100年で1℃上昇となると、これまで地球が経験してきた中で、極めて深刻な問題となる。森林、植物など植生の変化、動物、鳥や昆虫、はては微生物や細菌にまで行動や移動範囲の変動など大きく変わる。生態系の崩壊に繋がる大問題である。中でも森林火災は生態系が壊滅的な被害を受ける。ブラジル、オーストラリア、マレーシア・・・・・と広大な範囲が消滅、動植物は抹消された。特にブラジルは昨年1年間だけで、日本国面積の2割強を消滅。そしてわが国は年間外気温平均値を更新、観測史上最高の1.1℃上昇を記録、この100年で1.2℃上昇なのに、このまま何もしなかったら、今世紀末には東京が屋久島あたりと同じ亜熱帯となり、あと300年後にはアラスカにヤシが茂り、北極にワニが居ることになる。
 人類とその文明は、大自然からの恩恵なくしては成り立たないが、大自然を創りあげている生物のすべては、人類とその文明を全く必要としない。この大前提を思うと、自然破壊である温暖化はすべて人類の責任といえる。人は快適な住まいの中で温室効果ガスを排出しながら『大変なことになってきた』とつぶやく・・・。“人の営みが神を怒らせ罰を受けた”とは宗教的言い回しだが、科学的に言っても人の営みが自然現象の変化を呼び込む原因であることに違いはないのである。
 さて、こういった気候変動のきざしを探るには、人の営みのない極地や高々所の気象や氷河、氷床、高山の積雪などを調べるのが順当とされる。私は昨年まで30年間アラスカ・デナリ山(マッキンリー)の5,715 mに観測所を作り調査をしてきた。外気温のデータからは明らかに温暖化が表れている。特に氷河は目に見える変化として世界中に注目されている。20世紀中頃から氷河の後退が問題視され始め、世紀末ごろからは融解が一気に加速。その激しい温暖化が世界中の山々と氷河にどのような影響をもたらしたか?
 地球の低緯度・中緯度地域での氷河は、高山帯にある山岳氷河、頂上周辺に氷冠といった形で存在する。広域氷河を持つ地域として、ヒマラヤ、ロッキー、ヨーロッパアルプスなど、氷冠ではキリマンジャロケニア山などがある。これらの氷河は現在後退が観測され、特にアルプスでは消滅あるいは大幅な後退が確認されている。またヒマラヤとヨーロッパでは、氷河湖決壊洪水で下流域の村落に大きな脅威ともなっている。南極には大陸氷河・氷床、北極は氷海・氷山。海水温の上昇により北極は南極より気温は高く、大規模な融解は日に37億トンとも伝えられ、氷床の分離・崩落による漂流も報告され、海面上昇は1901年から2010年の間に19 cm、2100年には最大82 cmとなり、世界の4割の人々に影響を及ぼすといわれる。北極圏に近いアラスカやグリーンランドなどの沿岸部の大陸氷河は、凍土も融け氷河を支える力を失い、融解が一気に進む傾向だ。

ヨーロッパアルプス 2019

 スイス連邦工科大学雪氷学者マティアス・フス氏によると「1850年以降、推計では500本の氷河が完全に消滅した。そのうちの1割が著名な氷河」と指摘する。スイス氷河モニタリングネットワークによると「スイス国内氷河の8割近くが小規模で、約4000本が点在し、生み出される水は数百万人もが恩恵を受けている。」といい「温室効果ガス排出量を抑制しない限り、アルプスの氷河は今世紀末までに、ほとんど消滅するだろう」と警鐘を鳴らす。氷河の融解は人々の生活手段をも脅かしている。

キリマンジャロ5,895m 1989~2016

 赤道の直下にあるアフリカ最高峰は、世界で最も高いコニーデ型火山。地元の'13ガイドマップにはこう記されている。“氷河の表面は2000年に2.2 平方kmだけになり、1900年に12.2 平方kmあった頃から82%も後退しました(100年間に約1/6に縮む)。そして、主に地域性の高い気候変動と地球温暖化の影響のために、1962年に記録開始以来、1年につき半メートルも後退が続き、研究者は2015~2025年の間にキリマンジャロの氷河は消失すると予測しています。”年間降水量は、南からの季節風に直面する南斜面2,000 m以下で2,000~3,000 mm。しかし4,200 m以上のサドル高原では250 mmと劇的に減少、氷河の蓄積となる降雪は望めない。氷河面積150 平方km(東京ドーム3,000個分)を誇った最終氷期には、氷河の平衡線高度は南側で4,500 mあたり、北側で5,100 mとされ、現在の氷河面積の80倍ほど。今、約2 平方km以下である。頂上の気温も30年前は夜明けでマイナス15℃ほどだったが、今やマイナス10℃前後である。

キリマンジャロ頂上クレータ東のスタフェングレーシャー 1989年と2017年/大蔵撮影

ネパール アイランド・ピーク6,190 m 1995~2019

 昨年(2019年)3月、アイランド・ピーク登山で異常ともいえるような状況に遭遇した。頂上氷河はガレ場が表面化し、頂上へはロープにぶら下がりの登行、それまでの氷河ルートも危険がいっぱい、登ることが深刻な状況となっていた。エベレストをはじめ8,000 mの連なるクーンブ山群のローツェ峰直下、ヒマラヤ入門の山として世界中の登山者に愛されているこの峰は、このまま温暖化が進み氷河の崩壊が続くならば、数年のうちに誰も登らなくなるだろう。10年来、クレバス等少しずつ増えていたが、ここ数年に至っては1年毎に大きく変化、温暖化の波が押し寄せている。私の4回の登山経験が約10年毎なので写真で比較してみた。2001年までは変化は少ない。2009年ころより5,850 m以上の上部内院氷河の末端にクレバスが表れ始め、その後短いハシゴ等も使われ出したが、以前は全く危険なところはなかった。いずれにせよ氷河の衰退は幾多の登山ルートを難しくしていることに違いはない。

2001年11月のアイランド・ピーク ヘッド・ウォール/大蔵撮影

2019年3月のアイランド・ピーク ヘッド・ウォール/大蔵撮影

 私たち山を登り自然を学ぶ者たちは、自然の代弁者として、見て聞いて触り、大自然からのメッセージを、人々に伝える義務がある。自然保護とは人の奢った発想からくるもの、大自然に入り込んで何が起こっているかを知るべきで、保護のために立ち入りを規制する等は全く意味のない事である。気象変動への危機感は、生態系の崩壊、生物の絶滅という危機と同様に考えなくてはならない。自然に対し、依存度の高い人類もただでは済まないのである。『水・空気・エネルギー・食料・・・諸々』個々の身に直接及ぶ重大問題として、一人一人の意識改革をもって、温室効果ガス抑制に少しでも役立つ生活の工夫を考え、これからを乗り切っていきたいと思う。


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